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玉川・木下酒造│日本酒は楽しく、自由だ【京都府京丹後市】

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玉川・木下酒造│日本酒は楽しく、自由だ【京都府京丹後市】

執筆者情報

shiho
お酒とねこでできているライター。日本酒、ウイスキー、ワイン…すべてのお酒をこよなく愛す。酒好きが高じて利酒師免許を取得。 blog「わたしの酒棚」 https://sakadana.net/

京都の北部、京丹後市に位置する酒蔵「木下酒造」。江戸時代から建つ蔵では、時間と温度による変化を楽しむ酒『玉川(たまがわ)』が醸されています。

業界初の外国人杜氏、フィリップ・ハーパー氏が教えてくれたのは、日本酒本来の楽しさであり素晴らしさ。今回は、ハーパー杜氏から伺った酒造りのこだわり、木下酒造の魅力をたっぷりとお伝えします。

1.「木下酒造」江戸から180年の歴史を受け継ぐ蔵

木下酒造

竹林が静かに揺れる小さな無人駅。京丹後鉄道かぶと山駅から少し下った先にあるのが、今回訪問する酒蔵「木下酒造」です。

創業は江戸後期の1842年(天保13年)。銘酒『玉川(たまがわ)』の名は、蔵のそばを流れる上川谷川の“玉のような”美しさに由来しています。酒造りが本格化する冬の時期、笑顔で出迎えてくれたのは、フィリップ・ハーパー杜氏です。

杜氏(とうじ)とは、酒造りのリーダーとなる人のこと。奈良や茨城、大阪の蔵で数々の経験を重ねたハーパー杜氏は、2007年(平成19年)に木下酒造の杜氏に就任します。当時、木下酒造は長年蔵を支えた中井杜氏が逝去され、廃業をも視野に入れている状況でした。

蔵元・木下 善人氏とともに“新生 玉川”を掲げたハーパー杜氏は、江戸時代の製法で造る『Time Machine(タイムマシーン)』、夏酒『Ice Breaker(アイスブレーカー)』と新たな銘柄を次々と世に送り出します。

また、杜氏となったその年から“家付き酵母”による酒造りに着手。現在も蔵全体の約4割のお酒が、江戸時代から蔵に棲みつく酵母の力によって生まれています。

2.酵母無添加 自然仕込の酒

木下酒造

目に見えない微生物“酵母”は、酒造りに欠かせない存在です。酵母がなければ、米と米麹、水からお酒は生まれません。多くの蔵は、日本醸造協会から頒布される“きょうかい酵母”を酒造りに使用しています。

また、酵母がすくすく育つ環境を作るためには“乳酸菌”が必要です。乳酸菌を人の手で加えず、自然に任せて酵母を育てる手法は「生酛(きもと)」、「山廃(やまはい)」と呼ばれます。

木下酒造が自然仕込と呼ぶお酒には、乳酸菌も酵母も添加されていません。

材料は米と米麹、そして裏山から流れる水だけ。蔵に棲みつく多様な微生物が複雑に働き合い、最後に酵母が生き残る。神秘的な営みによって自然仕込のお酒は育まれていきます。

生酛や山廃の経験はもちろんあったものの、ハーパー杜氏にとって酵母無添加の酒造りは初の試みでした。江戸時代から建つ分厚い土壁がむき出しの蔵は、自然仕込の酒をイメージしやすい環境だったといいます。

近年、遺伝子レベルで蔵の酵母を分析したところ、きょうかい酵母とは全く縁のない、別の酵母であることが判明したそう。およそ180年ものあいだ、土壁に、梁に棲みつく酵母たちが現代の『玉川』を生み出しているのです。

「この仕事は微生物との会話です。目に見えないものが、酒を造る」

そう語るハーパー杜氏のもうひとつのこだわりが、時。時間の対話のなかから生まれる熟成酒です。

3.「時」を楽しむ熟成酒

木下酒造

玉川を語るうえで欠かせないのが「時間」です。商品の多くは、蔵内で一定期間眠りについた後、世界へと羽ばたきます。

搾りたての段階で、5~10年の古酒と同じ色合いのお酒『Time Machine』は、さらに寝かせることで美しいルビー色に。10年以上の時を経ると、色はコーヒーのように濃く、複雑かつやさしい味わいへと変化していきます。

令和元年には、10年以上の時を重ねた自然仕込のお酒『燻銀(いぶしぎん)』をリリース。4合瓶3万円台という従来の蔵にはない価格帯だったにも関わらず、各方面で好評を博しました。

一方で、熟成酒を育てるためには、もとのお酒を造る技術力とともに一定の資金力が求められます。できたお酒を売ることなく、在庫として維持管理する必要があるからです。

ハーパー杜氏が就任した頃、貯蔵能力が500石以下だった蔵は、増築を重ねながら貯蔵設備を増やしてきました。現在は、4~5年の時を経た熟成酒が通年商品として数多く販売されています。

「それができるのも、蔵元自身が熟成酒に魅せられているから。すきじゃないと、できないことです」

高級品だけにしたくないとハーパー杜氏が続けるように、熟成酒の多くが、他のお酒と変わらない価格帯であることに驚きます。瓶には酒造年度(BY)を示すシールが貼られ、ビンテージを意識しながら購入できることも魅力です。

木下酒造
一枚一枚、手作業で貼られる小さなBYシール

「造るのも飲むのも楽しいから、種類がどんどん増えてしまって」

苦笑交じりに教えてくれるハーパー杜氏。飲むのが楽しいという言葉は、温度にも時間にも左右されない『玉川』の美味しさに裏打ちされたものでした。

4.温度や時間に縛られない「玉川」の魅力

木下酒造
しぼりたてのお酒からにごり酒、燗向きの酒まで試飲用の『玉川』がズラリ

日本酒は、冷やしたり温めたりと幅広い温度帯で楽しめるお酒です。一方で、飲み慣れない方には、自分で燗を付けるのは難しいと思われがちな一面もあります。

温めすぎると旨味が消えてしまったり、一度温めてから冷めると風味が抜けてしまうお酒が多いこともまた事実。ハーパー杜氏に相談したところ、木下酒造の燗酒には55℃以下は存在しないという驚きの答えが返ってきました。

55℃は、飛び切り燗と呼ばれる燗酒で一番高い温度帯です。木下酒造の燗酒は、その上を行く65℃や70℃が当たり前。アツアツなほど、ふわっとやわらかな味わいに変化するといいます。一度ドーンと温度を上げてから、徐々に常温に戻るまでの味の変化もまた、玉川ならではの醍醐味なのだそう。

「この変化が、めちゃくちゃ楽しいんです」

ロックで提案されている夏酒『Ice Breaker』でさえ、温めるとまた美味しく楽しめるというハーパー杜氏。ハーパー杜氏が日本酒に魅せられるきっかけになったという温度による味の変化を、玉川であれば存分に堪能できます。

木下酒造
夏酒『Ice Breaker』も冬の間に搾られ、季節を重ねながら世に出るときを待つ

十人十色、人に個性があるように、日本酒の個性も実にさまざまです。フレッシュさが持ち味のお酒は、なるべく早く飲んであげたほうがその個性を活かしきることができます。

玉川は、時間とともに変化する美味しさが個性であり、何よりの魅力。飲食店などで「玉川は最初の1杯より、最後の1杯が美味しい」といわれる所以です。

また、世界への販路拡大を考えた際、温度や時間で品質が変わりやすいお酒はどうしてもリスクを抱えがちです。海外では、要冷蔵のお酒が常温の棚に並べられてしまうことも少なくありません。

その点、玉川であれば行く先々で異なる魅力を花開かせることができます。その土地の風土によって、唯一無二の存在へと姿を変えられる。木下酒造では、玉川が旅だった先での変化を「第2の酒造り」と呼んでいます。

「日本酒は嗜好品だから、どうぞ好きに遊んでほしい。難しく考えず遊びの道具として楽しんで」

ハーパー杜氏の口から何度もこぼれた「楽しんで」という言葉。かつて、22歳で来日したハーパー氏は、出会った日本酒好きの友人とともに、音楽や日本酒と戯れる日々を過ごしたといいます。

青春ともいえるその時間は、どんなに楽しく豊かなものだったろう。思いをはせると同時に、日本酒の魅力、すばらしさを再認識させてもらえたひと時でした。

5.京丹後の久美浜から、世界へ

木下酒造

一つひとつ手作業で貼られていく、小さなシールたち。蔵人をはじめ、店頭に立つ方、販売に携わる方、多くの人々の手によって玉川は世界へと送り出されていきます。

蔵が創業した天保13年。江戸時代の人々にとって、酒は日々の疲れを癒し心和ませるアイテムだったはず。令和となったこの時代、玉川は世代も性別も、国籍さえも自由に飛び越え、人と人とを繋いでいます。

そして、蔵で眠る熟成酒たちは、時間を越えた先にある未来の人との出会いを待っている。

「日本酒って難しそう」そう感じる方こそ、ぜひ自由に『玉川』を味わってみてください。ハーパー杜氏がかつて日本酒の扉を開いたように、新たな日本酒の楽しさ、おもしろさがそこから広がっていくはずだから。

木下酒造
Philip Harper フィリップ・ハーパー杜氏/イギリス、コーンウォール生まれ。オックスフォード大学卒業後、英語教師として来日し日本酒に魅せられる。奈良・梅乃宿酒造で10年働いた後、2001年(平成13年)に南部杜氏資格を取得。2007(平成19)年から木下酒造杜氏として、個性あふれる旨い酒を世に送り出している。

木下酒造有限会社
[所在地] 京都府京丹後市久美浜町甲山1512
[電話番号] 0772-82-0071
[酒蔵直営店 営業時間]9:00~17:00(1月1日を除く)
[公式URL] https://www.sake-tamagawa.com/

木下酒造
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