山野酒造は、大阪府交野市(かたのし)に建つ酒蔵です。代表銘柄「片野桜(かたのさくら)」をはじめ、幅広いラインナップを持つ蔵でも知られています。『令和3酒造年度全国新酒鑑評会』では、10度目となる金賞を受賞。今回は、地元関西はもちろん、全国で愛されるお酒造りの裏側についてインタビューさせていただきました!
※『全国新酒鑑評会』とは?
1911年(明治44年)から続く、全国規模の新酒鑑評会。2022年(令和4年)に開催された鑑評会の出品点数は826点。うち、特に成績優秀と認められた金賞酒は205点。
目次
1.大阪府交野市で伝統を受け継ぐ「山野酒造」
「ここからまっすぐ見てね、ちょうど正面が交野山。うちからは、奈良も大阪市内も同じような距離にあるんです」
遠くまで見渡せる、屋外の螺旋階段の上。そう教えてくれたのは、蔵を支える山野久幸社長です。蔵の代表酒「片野桜」の仕込み水には、生駒山からの伏流水が使われています。
京都や奈良との県境に位置する交野市は、平安時代、貴族が狩りなどを楽しみに訪れる土地だったそう。現在も豊かな自然が残るこの場所で、山野酒造は丁寧な酒造りを続けています。
今回は、山野社長と、令和元年に杜氏に就任した濱田杜氏にお話を伺いました。
1-1.順風満帆ではない中での南部杜氏との出会い
明治以前は、大阪南西部の泉州で酒造りをしていたという山野酒造。歴史の深い交野市で酒造りを始めたのは、明治に入ってからのことだそう。泉州から来たことから、今でも「泉屋(いずみや)さん」と呼ばれることもあるそうです。
「当時は新参者いうことで、なかなか相手にされなかった。飲んだら頭いたなるから、“頭痛い桜”やとか、いろんなこと言われてね」
現在の蔵の評判からは、想像もできない社長の言葉に驚きます。社長自身が仕事を始めた当時も、それほど長くは続かないと思っていたのだとか。
やがて、時代の流れとともに地元の酒蔵は減少。山野酒造は、酒造りの要ともいえる杜氏の確保に苦労したといいます。
「やることやってあかんのはがまんできるけど、手抜いてあかんかったのは悔いが残る」
そう考える社長が新たに出会ったのが、前杜氏である浅沼政司氏でした。浅沼氏は、関西では珍しい南部杜氏。浅沼氏と社長の考えが一致したのを機に、酒質は徐々に向上し、山野酒造の日本酒は評判を広めていきます。
現在の杜氏である濱田氏も、浅沼氏のもとで働きつつ南部杜氏資格を取得したのだそう。やがて、浅沼氏が病に倒れたことをきっかけに、杜氏の仕事は濱田氏へと引き継がれます。
『令和3酒造年度全国新酒鑑評会』の金賞は、濱田杜氏にとっては初となるもの。同時に、蔵にとってはちょうど10度目となる金賞受賞でもありました。
1-2.金賞は、安定した技術があるという証
山野酒造の公式サイトやSNSでは、金賞受賞について大きく取り上げられていません。そのことについて触れると「金賞は特別なことじゃなく、あくまでも安定した技術を持っているという証やからね」と社長は語ります。
「それでも、たくさんのお酒が並び多くの審査員が吟味するなか、絶対に賞を外さないというのはすごいこと。何年も続けて金賞受賞する蔵は、やっぱりすごいと思います。せやからうちもその域までいかんと、なっ(笑)」
社長の力強い言葉に「はい」と苦笑いする濱田杜氏。聞くと、時代と共に金賞受賞する大吟醸の捉え方は変化しているそう。
以前は淡麗な味わいが評価されていたものの、現在は、キレるだけではない、香りと旨味のある酒質が求められるのだとか。
味の設計図に沿った酒造りは、まさに杜氏の腕の見せどころ。社長の隣で小さくほほ笑む濱田杜氏にがぜん興味がわいてきました。
1-3.「麹っていいもんがあるから、そこを活かしたい」
前杜氏、浅沼氏のもとで22年あまり経験を重ねたという濱田杜氏。丸いメガネと、控えめながらもおちゃめな笑顔が印象的です。
「彼は極力、酵素剤を使用したくない言うんですわ。なんかポリシーがあるんよな」
「いやいや、ポリシーいうほどでもないですけど(笑)」
酵素剤とは、酒質の安定を図るために用いられる添加剤のこと。もちろん、規定にのっとった酵素剤の使用は誤りではなく、珍しいことでもありません。社長の横で苦笑いをしつつ、濱田杜氏は続けます。
「酵素剤のことは全否定しないけど、基本的に使うのはやめとこかな、と。せっかく麹っていいもんがあるから、そこを活かしていきたいなと思っています」
近年、山野酒造は「生酛造り(きもとづくり)」のお酒にチャレンジ。きっかけは多々あるものの、濱田杜氏の「生酛造りをしてみたかった」という願望も、大きな理由のひとつだといいます。
令和2年、3年と続けてリリースされた生酛は、それぞれわずか2カ月で完売。3年目となる今年は、火入れをした生酛のリリースが10月に予定されています。
2.甘いも辛いも、なんでも。難しいからおもしろい。
山野酒造のお酒の特徴といえば「片野桜」を中心に幅広いラインナップが揃うこと!前述した「生酛」はもちろん、市民大学“交野おりひめ大学”とともに造った「百天満天」、自社田の米で造る「富楼那(ふるな)」と、バリエーションは多岐に渡ります。
「うちは何が一番と聞かれたら、これもそれも、あれも売れてますよ、となる。それは短所といえるのかもしれない」
そう前置きしたうえで、山野社長は語ります。
「でも、うちの長所は、甘いのが好きな人にも、辛いのが好きな人にも、フレッシュなんがいい人にも熟成酒が飲みたい人にも…なんでもありますよ、と言えること」
「むずいですけど、いろんなんできて楽しいですよ」横から笑顔で濱田杜氏が続けます。「ただねぇ、どれも1点ものだから、これはずしたらどないすんねんってなるんですわ(笑)」
金賞を受賞する大吟醸のようなお酒は、ある意味再現性の高いお酒なのだそう。反対に、自然の力を借りて造る山廃のようなお酒は、全く同じ味わいに仕上げるのは難しいのだとか。
「同じ米、同じやり方でやっても、その都度全く同じにはできないんです。それが難しく、それが、おもしろい」
難しいけど楽しいと言う濱田杜氏のように、そう言い切る山野社長。笑いを交えたインタビューのなか、さりげなく力強いそのひと言は、とても印象的なものでした。
3.「ひとつに固定せず、いろんなもんをどんどん飲んで」
ときに、選び方が難しいともいわれる日本酒。日本酒をより楽しむポイントってなんでしょう?日本酒ビギナーに向け、山野社長と濱田杜氏からメッセージをいただきました。
「そのシーンそのシーンで合うものをチョイスできるように、いろんなもん飲んでもらうのが、好みに出会う近道かな」
そう社長が語る“いろんなもん”は、日本酒だけに限らないのだとか。ビールでもワインでも、お酒の種類や銘柄にこだわることなく、人が良いというものをどんどん飲んでほしいそう。日本酒を楽しむ温度帯も人それぞれ。正解はないという言葉に社長の懐の広さを感じます。
「飲み慣れない方は、低アルコールの日本酒から試すのもいいですよ」と話すのは濱田杜氏。
山野酒造では、低アルコール原酒の販売が秋に予定されているそうです。低いアルコール度数を狙って設計された原酒は搾ってすぐに瓶詰めされ、現在は低温保管庫でデビューの日を待っているのだとか。
「低アルコール原酒の構想は、何気なく聞いてます(笑)自分がタッチすると、違うやろとか口出してしまうから。やる気ある人が、やりたいようにやるのが一番やから」
気合い入れて造りましたと話す濱田杜氏に、そう言いながら笑う山野社長。
飲み手の好み、ニーズにあわせ、難しいことを楽しみながらこなす。山野酒造の酒造りは、確かな技術と信念、チームワークがあってこそできるものかもしれません。
お酒離れが懸念されたここ数年も、地元おりひめ大学とのコラボをはじめ、クラウドファンディングにSNSでの情報発信と、山野酒造の日本酒は人と人とをしっかりと繋いできました。
造り手、飲み手それぞれに笑顔を咲かせる山野酒造のお酒。ぜひ、手に取って自分好みの1本を見つけてみてはいかがでしょうか。
<山野酒造>
住所:大阪府交野市私部(キサベ)7-11-2
TEL:072-891-1046
FAX:072-891-1846
mail:info@katanosakura.com
営業時間:9時〜17時
定休日:土・日・祝日(12月は土曜日も営業)
公式HP(オンラインショップあり):https://www.katanosakura.com/
Instagram:https://www.instagram.com/katanosakura6765/