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【KUBOTAYA】「美味しい」をつくる10の手――5人目 搾る手 廣川 恵一

【KUBOTAYA】「美味しい」をつくる10の手――5人目 搾る手 廣川 恵一

「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第5回目は、上槽を担う廣川さんです。

もろみを搾り、透明で澄んだ原酒へと変えていく

もろみを移送する廣川さん

米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。仕込みを終えたら次は上槽(じょうそう)へと移ります。約一カ月かけて丁寧に育てたもろみを搾り、原酒と酒粕に分ける作業です。この時搾られる原酒が透明で澄んでいることから、日本酒は「清酒」と命名されたと言われています。

朝日酒造で上槽工程を担っているのが、廣川 恵一さん。仕込み担当の狩野さんによれば、「優しくて頼れる先輩ですね。困ってることを聞くと知ってることを全部教えてくれる。ああいう人が人の輪をつくってるんではないかな、と思います」とのこと。そんな廣川さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。

初めて飲んだ酒は自分でつくったものだった

上槽を担う廣川さん

――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介をお願いいたします。

廣川 恵一さん(以下、廣川):高校を卒業後、朝日酒造に入社し今年で21年目になります。入社して最初の2年は松籟蔵でタンク洗いや仕込み作業をしていました。その後、朝日蔵でも同じくタンク洗いや仕込み作業のほか、製麹を担当しました。それから松籟蔵に戻ってきて、原料処理、タンク洗い、そして3年間かけて全工程をローテーションで経験し、現在の上槽の担当になって6年目です。

―― 初めて日本酒を飲んだ日のことは覚えていますか?

廣川:今はコロナ禍ですっかりなくなってしまいましたが、節目節目で飲み会を開催する会社でしたので、初めて酒を飲んだのは会社の飲み会でした。あの時は定番商品である「朝日山 百寿盃」や「久保田 千寿」を飲みました。自分でつくっていると思うとなおさら美味しかったですね。
その思い出が影響しているかどうかは分かりませんが、今でも家で飲むなら「朝日山 百寿盃」、外で飲むなら、一緒に来た仲間にすすめながら「久保田 千寿」。それから、私はあまり酒が強くないので、アルコール度数の低い「越州」も、お店においてあれば飲みます。その中でも「壱乃越州」、「弐乃越州」は特に飲みやすいな、と感じます。

一カ月かけて育てたもろみを搾るという緊張感

酒粕を剥がす廣川さん

――それでは、現在の担当である上槽の仕事を、簡単に教えてください。

廣川:上槽とは、約一カ月かけて育てたもろみを搾り、原酒と酒粕に分ける工程のことを指します。
上槽の仕方にはいくつか方法があり、朝日酒造では薮田式と呼ばれる自動圧搾機を使う方法で行っています。自動圧搾機とは、大きなアコーディオンのような見た目の機械です。袋状の濾布を被せた板が何重にもなっていて、その板と板の間にもろみを通し、エアーで膨らませて圧力をかけることで搾っています。総米3tのタンク1本分のもろみを搾るには、およそ一晩かかります。搾った原酒は、次の工程である濾過を行うタンクまで、ポンプで移送していきます。

搾り終わると、濾布には固形物が残ります。これが酒粕です。原酒を搾った翌日の朝は、自動圧搾機を開いて、残った酒粕を一枚一枚丁寧に手ではがしていきます。その後酒粕を計量し、梱包、出荷という作業へと続いていきます。

――上槽の仕事は何人がかりで行うものなんでしょうか?

廣川:上槽は一人で行います。一カ月間発酵させたもろみが入っている仕込みタンクにホースを繋ぎ、ポンプを使って上槽室にある自動圧搾機まで移送し搾り、その後は搾った原酒を次の工程である濾過を行うタンクまで移送する、という流れになるので、もろみや原酒が漏れないように、という点にはとにかく神経を使います。
最初は本当に怖かったです。ここに来るまで、米を蒸してくれた人や、麹をつくってくれた人たちがいる。杜氏は仕込みから約一カ月間、もろみを発酵させるために温度管理をしている。その先にできあがったものを、私たちが無駄にするわけにはいかないですから。

――上槽に携わるようになり、自分の手に何か見える変化はありましたか?

廣川:上槽の際には、もろみを余すことなくかつ均等にホースに入れる必要があるため、こまめに櫂入れを行います。櫂棒を持ってもろみを突いた時に手に伝わる感触で、「今日のこの感じだとスムーズにいくかな」など、色々なことが分かるようになったというのは、手の変化と言えるかもしれません。

集中して酒造りに臨む姿を見てもらえれば

集中する廣川さん

――朝日酒造には酒蔵を見学できるツアーがありますね。現在はコロナ禍で「60分製造工程見学コース」はお休み中ですが、再開されたあかつきにはここに注目してほしい! というところはありますか?

廣川:具体的にここ、というより、集中して一生懸命酒をつくっている姿を見てもらえれば嬉しいです。

――取材で実際につくっている姿を目の当たりにすると、飲む時もありがたみが増して、それまでよりじっくり味わって丁寧に飲みたくなります。廣川さんは、入社して実際に自分の目で見て印象的だったことってありましたか?

廣川:学生時代、酒蔵と聞くと、年配のベテランの方が多くて、照明の少ないところでつくっている、というイメージでした。入社が決まった時、自分もそういうところで作業するんだろうな、と思っていました。

ところが実際に入社してみたら、もちろん年配のベテランの人もいましたが、自分と年齢の近い人もいて、色んな世代の人が偏りなくいる中で和気あいあいとやっていた。酒蔵の建物の雰囲気も想像と全く違っていて、「ここが酒蔵なの?」と思うような環境で酒がつくられているというのは印象的でした。

どんな時も緊張感を持ちながら

もろみを移送する廣川さん

――年明けすぐの取材でしたが、酒蔵が最も忙しい年末年始を過ぎて、今は少し人心地ついたような感じでしょうか?

廣川:いえ、今年度の全ての酒がつくり終わった時に、やっと緊張感から解放されて安心する、といった感じです。ただ、酒造りがひと段落しても、今度は一シーズン働いてくれた機械をしっかりメンテナンスするという大切な仕事が待っています。次のシーズンの酒造りが始まった時に、ここが壊れていてできませんでした、ということがあってはならないですから。ひと段落したとしても、次のことを考え始め、気を引き締めてやっていますね。

――最後に、朝日酒造のどんなところが好きですか?

廣川:仲がいいところです。コロナ禍前であれば、全社員の集う飲み会が年に数回ありました。普段一緒に仕事をしている蔵人はもちろんですが、他の部署の社員も朝日酒造にはたくさんいて、そういう人とも酒を注ぎ合いながら楽しく飲んで。垣根を感じずに飲めるな、と感じる機会が多かったのは、仲の良さの象徴かな、と思います。

――本日はどうもありがとうございました。

廣川:ありがとうございました。

「美味しい」をつくる10の手 次回は保つ手

 (16430)

たとえ今シーズンの酒造りを全て終えても、今度は次に仕込む酒のことを考えて気を引き締めるという廣川さん。朝日酒造の酒蔵から感じる清潔感は、美味しいのつくり手たちの緊張感から醸し出されるものなのかもしれないな、と感じた取材でした。

日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、火入れを担う山田 浩臣さんが語り手です。

廣川さんによれば「普段は物静かな人ですが、仕事になると積極的で、てきぱきと段取りを組んでいく人です」とのこと。

そんな山田さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。

次回は2月中旬に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。

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