麹菌は、日本酒造りに欠かせないカビの一種です。日本酒の原料である「米麹(こめこうじ)」は、蒸した米に種麹(たねこうじ)を振りかけ、麹菌を繁殖させて造ります。
おいしい日本酒ができあがるのも、目に見えない麹菌の活躍があるからこそ。今回は、麹菌の種類や日本酒造りに必要な理由について詳しくお伝えします。
目次
1.麹菌とは?
麹菌(こうじきん、きくきん)とは、自然界に多くみられるカビの一種です。麹カビ菌、とも呼ばれます。
胞子の大きさは、3~10マイクロメートルほど。1マイクロメートルが、1ミリの1000分の1の長さであることを考えると、その小ささがよくわかるのではないでしょうか。
麹菌はそのまま使うのではなく、「麹(こうじ)」として用いられます。麹とは、米や麦に麹菌を繁殖させたものです。
日本酒造りには、蒸した米に麹菌を繁殖させた「米麹(こめこうじ)」を使用します。
1-1.麹菌の主な種類
麹菌にはさまざまな種類があり、お酒造りには主に「黄麹菌」、「黒麹菌」、「白麹菌」などが用いられます。それぞれに特性が異なり、お酒の味わいが大きく変化するのが特徴です。
黄麹菌
(アスペルギルス・オリゼ/Aspergillus oryzae)
日本酒造りに使用される代表的な麹菌です。黄麹菌が繁殖した米は、黄色や黄緑色に変化します。米のデンプンを糖へと変える「糖化力」の高さが特徴です。
黒麹菌
(アスペルギルス・リュウキュウエンシス/Aspergillus luchuensis)
名前に「琉球(りゅうきゅう)」とあるように、沖縄の泡盛醸造に用いられてきた麹菌です。糖化力が高く、酸味成分のクエン酸を大量に生成します。菌が繁殖すると、黒色の麹ができあがります。
白麹菌
(アスペルギルス・カワチ/Aspergillus kawachii)
発見者の河内源一郎 氏にちなみ「カワチ」と名付けられています。特性は黒麹菌と似ていますが、麹が黒く色付くことはありません。近年は日本酒造りに用いられることも多く、個性的な酸味を生み出します。
1-2.麹菌から生まれる食品
麹菌は、日本酒や味噌、醤油といった発酵食品に用いられます。米に繁殖させた米麹、麦に繁殖させた麦麹が生み出す食品は、実にさまざまです。
例えば、味噌は大豆と麹、塩を原料に作られます。米麹を使ったものが米味噌、麦麹を使ったものが麦味噌です。
また、麹菌が生息できるのは、温暖多湿な日本だけといわれています。国を代表する「国菌」にも認定されている麹菌は、日本の発酵文化に欠かせない存在といえるでしょう。
1-3.日本酒造りで重要な役割をもつ「種麹」
種麹(たねこうじ)は、麹菌を培養し、胞子が定着した米を乾燥させたものです。日本酒造りでは、米麹を造る際に用いられます。
蒸した米にハラハラと種麹を振りかける様子は、まさに種をまいているかのよう。種麹は「種もやし」とも呼ばれ、多くの酒蔵が専門業者から購入して使用します。
平安時代末期から室町時代、種麹を製造できたのは、朝廷や幕府から認められた専門業者のみだったそう。国内の数少ない種麹屋のなかには、300年から600年以上の歴史を持つ老舗業者も存在します。
2.日本酒造りに麹菌が必要な理由
日本酒造りに麹菌が必要な理由には、以下の2点が挙げられます。
- 米のデンプンを糖化させる
- 日本酒の香りやコクを引き出す
デンプンの糖化は、お酒造りに欠かせないアルコール発酵に必要な要素です。また、麹菌はお酒の香りや味わいにも大きく作用します。米と米麹から日本酒ができる仕組みとあわせ、それぞれの理由を深掘りしていきましょう。
2-1.米のデンプンを糖化させる
日本酒造りにおける「糖化」とは、米のデンプンを糖類へと変化させることです。
日本酒の主原料は米ですが、米を水に浸けておくだけではお酒はできません。アルコール発酵でお酒を造るためには、「糖類」が必要です。
ところが、米の主成分はデンプンで、アルコール発酵に必要な糖類はほとんど含まれていません。
ここで登場するのが、麹菌のもつ「糖化酵素」です。糖化酵素には、米のデンプンを糖類へと変化させる働きがあります。
ご飯を噛んでいると、だんだんと甘く感じられたことはないでしょうか?これは、唾液中の酵素がご飯のデンプンを糖類へと変えるためです。日本酒のはじまりは、米を噛んで造った口噛み酒だといわれています。
日本酒造りでは、麹菌の力で米のデンプンを糖類へと糖化させます。さらに、酵母の働きでアルコール発酵を促していくというわけです。
2-2.日本酒の香りやコクを引き出す
麹菌のもうひとつの役割は、日本酒の香りやコクを引き出すことです。麹菌のもつ「プロテアーゼ」という酵素は、米のタンパク質を分解し、アミノ酸やペプチドなどを生成します。
アミノ酸やペプチドは、コクや旨味のもととなる成分です。また、麹由来の豊かな香りも生み出します。
3.麹菌を繁殖させる「製麹」ってどんな作業?
蒸した米に麹菌を繁殖させ、米麹を造る作業を「製麹(せいぎく)」と呼びます。
昔から「一麹、二酛、三造り(いちこうじ、にもと、さんつくり)」というほど、製麹は重要な工程です。米麹のできがお酒の品質に大きく影響するといわれています。
3-1.高温多湿な麹室でおこなう製麹
麹菌を繁殖させるため、製麹は高温多湿の環境でおこなわれます。使用するのは、温度約32~38℃、湿度60~70%に保たれた麹室(こうじむろ)と呼ばれる部屋です。工程は「床作業(とこさぎょう)」と「棚作業(たなさぎょう)」にわかれます。
床作業
床作業の目的は、蒸した米に麹菌を繁殖させることです。床(とこ)と呼ばれる台一面に蒸米を広げ、種麹の胞子をパラパラと振りかける「種付け」をおこないます。
その後、胞子が均一になるように全体を混ぜ、何回かにわけて固まりをほぐしてから、一定量ずつ木箱に移していきます。
棚作業
床作業の後は、棚作業に移ります。麹菌を繁殖させるとともに、酵素の生成を促す工程です。
蒸米を木箱に移してから数時間すると、蒸米の温度が34~36℃まで上昇します。この段階でおこなわれるのが仲仕事(なかしごと)と呼ばれる作業です。蒸米を攪拌し、急激な温度上昇を防ぎながら温度を均一にします。
その後、蒸米の温度はさらに上昇するため、蒸米を広げて溝を作る仕舞仕事(しまいしごと)をおこないます。
最後は麹室から蒸米を出し、温度を下げると米麹の完成です。質の良い麹を造るため、棚作業では、慎重な温度管理が求められます。
3-2.麹は「総破精型麹」と「突き破精型麹」の2種類
できあがった麹は、麹菌の繁殖度合いで「総破精型(そうはぜがたこうじ)」と「突き破精型(つきはぜがたこうじ)」の2つに分類されます。
総破精型麹は、菌糸が米の表面を覆いつくし、米の内部まで菌が繁殖した状態です。糖化力が強く溶けやすいため、濃醇な味わいのお酒に仕上がります。しっかりとした旨味が感じられる純米酒などに用いられる麹です。
突き破精型麹は、内部まで菌糸が繁殖しているものの、表面の菌糸の繁殖はまばらな状態です。糖化力が弱く、吟醸酒のように香り高く端麗な味わいのお酒に用いられます。
まとめ
日本酒は、目に見えない微生物の力で生まれるお酒です。麹菌は日本酒の発酵だけでなく、味や香りにも深い関係があります。
微生物の力で、白い醪(もろみ)がぷくぷくと発酵する様子は生き物のよう。日本に古くから伝わる麹や日本酒の文化に想いをはせながら、おいしい日本酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。