「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第4回目は、仕込みを担う狩野さんです。
役者が揃い、いざ始まるのが仕込み作業
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。麹が完成すると、次の作業である仕込みに移ります。これまでの連載で紹介した工程は、料理に例えると「材料の下準備」であり、いよいよ「調理」が始まっていく工程が仕込みと言えます。
朝日酒造で仕込み工程を担っているのが、狩野雄太郎さん。製麹担当の風間さんによれば、「多くを語らず黙々と酒造りに向き合う人」だそう。そんな狩野さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
祖父との縁に導かれて酒造りの世界へ
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、簡単な自己紹介をお願いいたします。
狩野 雄太郎さん(以下、狩野):現在、仕込みを担当していて、今年で入社13年目になります。入社1年目は朝日蔵でタンク洗いの仕事をしつつ、原料処理も手伝っていました。2、3年目は、酒造りを下支えする酒類全般の分析を担当していました。そのあと今も所属している松籟蔵に異動になり、3年間はローテーションで全工程を経験しました。それから原料処理を4年間担当した後、今の仕込みの配属になり、今年で3年目になります。
――朝日酒造に入社しようと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
狩野:高校生の頃、進路に迷っていた時に親父からある話を聞いたことです。その話というのが、朝日酒造という会社があって、卸の酒屋をしていた祖父がそこのお酒を扱っていたんだよ、というもの。自分の身内が信頼して取引していたと思うと、興味が出てきたんです。それで会社見学会に参加して「朝日山」のラベルや朝日酒造の段ボールを見たら、うちにあったなと思い出して。こういうのも出会いだな、せっかくだから受けさせてもらおうと感じたんです。
自分の仕事が、いい酒をつくる一要素に
――それでは、現在の担当である仕込みの仕事を、簡単に教えてください。
狩野:仕込みはまず酒母造り、続いてもろみ造りへと進んでいきます。糖をアルコール発酵させる酵母を育てる工程が酒母造りで、酒の母という文字通り、酒造りの骨組みと言える部分です。そして、酒母に蒸米と米麹と水を加えてもろみを仕込み、発酵させたもろみをこしたものが日本酒になります。もろみの良し悪しはそのまま日本酒の品質に結びつくと言われています。
その中で、私は酒母造りを担当しています。具体的には、蒸米、米麹、水、醸造用乳酸、酵母をタンクに入れて、櫂棒を使ってタンク内の内容物を均一にして予定の品温にします。その後、朝日酒造の主力商品である「久保田 千寿」の場合ですと、9日間かけて酵母を培養していきます。純粋で健全な酵母を育てるのが使命ですね。
――酒母造りの仕事をする上で、特に神経を使う点はどこでしょうか?
狩野:酵母は生き物なので、毎回違う動きをします。そのため、小さな変化に少しでも早く気付く必要があるので、とにかく見ることに神経を使っています。見ると言っても、目で酒母の状貌を見るだけじゃなくて、発酵している時の香りや音、温度の経過など、「見る」べき要素がいくつもある。そうやって一つずつ確認していき、小さな変化に少しでも早く気が付かなければいけません。例えば、こいつはほんのちょっと発酵が進んでいるな、と思えば、温度を下げて操作してあげる。もし気付くのが遅れて、温度を下げるのも遅くなってしまえば、翌日には発酵がさらに進んでしまいます。
――では、最も達成感がある瞬間はいつですか?
狩野:自分がうまくできたと思っている酒母がいいお酒になっていると、すっごく嬉しいです。自分の仕事のあとにはもろみ造りの工程があり、そのあとにも工程が続いていく。お酒ってそうやって色んな要素が加わってできていくので、いいものができたからといって、必ずしも自分の仕事が良かったとは限りません。そうだとしても、仕込みの時の「できる限り何とか良くしてあげたい」という気持ちは無駄じゃなかったんじゃないか、と思える。そんな風に報われる瞬間が、いいお酒になっていた時かな。
先輩の姿にワクワクしながら
――仕込みに携わってきた3年間で、自分に変化はありましたか?
狩野:櫂入れを繰り返すうち手の平にマメができて、それまでの綺麗すぎる手と比べるとだいぶ変わりました。
あとは、とにかく見る、触る、嗅ぐようになりました。見られるものは全て目で見て、触れるものは全て手で触るようになりました。毎日同じ時間に面(つら、仕込んだ酒母の表面の状貌のこと)を見るようにするとか。なんにせよ得られる情報は、目も手も鼻も耳も使って得ようと心掛けるようになりました。
――今日まで酒造りを続けてこられた原動力はなんでしょうか?
狩野:自分がお酒を好きということ、そんな自分よりももっとお酒を好きな人が周りにいること。これが大きいと思います。
毎回違う動きをする生き物相手となると、全てに通用するような正解はない。ここを超えたら一人前っていう線引きはあるのか? とすら思う世界で、困ったり悩んだりする日もあります。だけど、自分の何倍も経験を積んだ先輩たちに聞けば教えてくれて、導いてくれて、バックアップしてくれる。でも、そんな先輩たちですら、悩んでいる姿を見ますもんね。「もっとこういうお酒にしたいんだ」と試行錯誤し、挑戦している。そういう姿を見ると、自分よりももっとお酒が好きなんだろうな、と感じて、ワクワクします。すごいな、適わないな、と思うんですよ。あんな風になりたいなと思うから、頑張ってます。
美味しいってなんだろう
――狩野さんが朝日酒造のお酒の中で一番好きなものを教えてもらえますか?
狩野:思い入れがあるのは「久保田 翠寿」です。入社して飲みやすいよって教えてもらって、それで初めて自分で買って飲んだお酒です。「いい香りだな」とびっくりしたぐらいで、その感動を今でも覚えています。
――最後に、朝日酒造のファンの皆さんに、つくり手である狩野さんから聞いてみたいことはありますか?
狩野:皆さん、飲んだあと「美味しい」ってしみじみと言ってくださるけど、その美味しいってなんだろうな? 「飲みやすくて美味しい!」 って言っても、水っぽければいいのか? いや、そういうわけではないですよね。どういうお酒だと人が一番喜んでくれるものになるんだろう、毎日飲みたいぐらい美味しいってどういうものなんだろう。お酒における美味しいってなんですか? というのは聞いてみたいです。
夢物語になっちゃいますけど、美味しいとはこういう味で、こういう成分でできている、という明確な1つの答えが出る日がもしもやって来たなら、それに応える酒造りをしてみたいです。
――本日はどうもありがとうございました。
狩野:ありがとうございました。
「美味しい」をつくる10の手 次回は搾る手
取材中に櫂入れを少しやらせてもらいましたが、狩野さんがテンポよく混ぜていた様子からは到底信じられないくらい重労働で驚愕しました。狩野さんの手の平の皮膚の硬さ、節々にできたマメにも納得です。こんなにも造るのが大変にも関わらず、日本酒という文化が今日まで続いてきているのは、日本酒そのもの、そして日本酒を造る過程に人を惹きつける魅力がある証拠なのかもしれません。そして、その魅力に気付いてしまったのが狩野さんであり、狩野さんの憧れる先輩たちなのだろうと、今回の話から感じました。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、上槽を担う廣川恵一さんが語り手です。
狩野さんによれば「優しくて頼れる先輩ですね。困ってることを聞くと知ってることを全部教えてくれる。ああいう人が人の輪をつくってるんではないかな、と思います」とのこと。
そんな廣川恵一さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。
次回は1月中旬に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。