「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。最終回は営業を担う西山 周治さんです。
美味しさを届けるために
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。梱包された朝日酒造の酒は蔵を旅立ち、全国の取り扱い店舗の店頭を経て、飲む人の手へと渡っていきます。
そのための営業活動を担当しているのが、今回登場する西山 周治さんです。包装や梱包、箱詰め担当の飯利さんによれば、「気さくで楽しい人です。酒販店さんと話している姿から、取引先に信頼されているんだなと感じました」とのこと。そんな西山さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
就職を機に地元の長岡市へ
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、なぜ朝日酒造に入社したいと思ったのでしょうか?
西山 周治さん(以下、西山):酒はよく飲む方でしたし、「久保田」の名前は知っていたので、自分の中で安心感があったからです。また、朝日酒造のある長岡市の出身ということもあり、大学は東京でしたが就職を機に地元に帰りたいという気持ちもありましたので、採用試験を受けることにしました。
――そうして朝日酒造に入社し、今年で何年目になるのでしょうか?
西山:24歳の時に新卒で営業として入社し、今年で15年目になります。 入社して最初の1年間は旧2号蔵、現在で言う松籟蔵で、修行と言いますか、タンク洗いや原料処理の担当となり酒造りを学びました。そこからずっと営業を担当しています。
忘れないでいてもらうことが届けることに繋がる
――それでは、現在の担当である営業の仕事を簡単に教えてください。
西山:朝日酒造の酒である久保田をはじめとした商品の案内や提案、受注や販売状況確認といった酒屋さんに届ける仕事と、酒屋さんでのイベント等を通じた、お客様に届ける活動のサポートといった仕事をしています。
――まずは、酒屋さんに届ける仕事について、もう少し具体的に教えてもらえますか?
西山:現在、四国を含めた岡山県から西の地域の酒屋さんを担当しており、数で言いますと140ほどになります。電話をかけたり、月に10日間ほど出張して店頭を訪れたりして、酒屋さんとコミュニケーションを取ることに多くの時間を費やしています。
そこでのやりとりを踏まえ、この酒屋さんはこういう商品が得意だよねといった、酒屋さんごとの魅力が出る商品やイベント等を提案していきます。酒屋さんを訪れたお客様たちに、酒屋さんのファンになってもらいたいと思いながら仕事をしています。
――続いて、酒屋さんでのイベント等を通じた、お客様に届ける活動について、教えてもらえますか?
西山:蔵元としてイベントに参加し、商品の歴史を紹介するなどしています。この酒屋さんに通うと朝日酒造のこういう楽しい催し物が楽しめると思ってもらえるよう、取り組んでいます。
最近ですと、コロナ禍でお客様も生活が変わりましたので、オンラインでできる楽しいイベントはないかな、と酒屋さんと一緒に考えました。
――企画したイベントで印象に残っているものはありますか?
西山:新潟県まで来ていただくのが難しい状況でも、新潟県の風土を楽しみながら朝日酒造の酒を味わっていただけるようなイベントを企画しました。
たとえば、ホタルや花火の観賞会。夏になると、豊かな自然に囲まれた朝日酒造の酒蔵周辺ではホタルが見られます。そして、日本三大花火大会の一つである、長岡まつり大花火大会もある。
酒屋さんで朝日酒造の酒を購入してくれたお客様には、Zoomでのホタル観賞や、YouTubeで長岡花火の動画を見ながら、夏の久保田を楽しんでいただきました。
それから、オンラインでの酒蔵見学も開催しました。ライブ配信と事前に録画した映像を交えながら、杜氏も一緒に出演してもらい、解説してもらいました。
そのイベントは2月開催だったのですが、イベントのために蔵人にも手伝ってもらいながら、雪でかまくらを作ったんです。完成したかまくらの中に機材を持ち込んで、かまくらの中から配信しました。
と言っても酒蔵見学がメインで、かまくらはあくまでサブだったので、かまくらが映るのは冒頭の正味2分間だけだったんですが、雪国である新潟県からのライブ配信という臨場感を味わっていただければと思いまして。
人間は思いついたもの、思い出せたもの、思い浮かんだもののうちから手に取って購入します。
朝日酒造が出会える人は限られていて、そうして出会えたお客様は皆さん、家に帰れば家庭があるし、お仕事もされている。そんな毎日の中でも朝日酒造を忘れないでいてもらうための活動をすることが、朝日酒造の酒を手に取ってもらうことに繋がっていると考え、大切にしています。
生活を豊かにするツールを色んな人と楽しみたい
――15年間続けてこられた秘訣は何だと思いますか?
西山:まずは人と話すのが好きというのがあります。酒を通じてお客様との接点を増やしていくことは非常に楽しいなと感じています。
それに加え、酒って相手をより理解できるすごいツールだなって思うんです。飲み方を間違えさえしなければ、普段言えない本音だったり、少し恥ずかしいような姿だったり、いろんな部分を知ることができる。非常に平和な世界が広がるツールだと思っています。
入社した時の講義で営業の先輩が言っていた「私の夢は世界平和です」っていう一言が印象的でよく覚えていますが、それに近い感覚かもしません。少し大げさな言い回しかもしれませんが、豊かに生活するためのツールを色んな人と楽しんでいきたいという想いがあるから続けてこられたのかな、と思います。
――酒造りの世界に入りそこで営業を始めたことで、西山さんの手に何か変化はありましたか?
西山:たとえ電話でのやりとりであっても、酒屋さんとは手を取り合って顔の見えるやりとりをしたい、そういう気持ちで電話を取るようになりました。お客様に届ける際も、蔵人が造った酒を手渡しで受け取ったようなぬくもりがある、そういう届け方をしたいと考えています。
――そのほかに変わったところはありますか?
西山: 営業を始めて8年ほどは新潟県内を担当していました。新潟県には酒蔵が多く、新潟県の酒が一番という自負をみんなが持っている。もちろんそれはすごくいいことで、実際に美味しい酒も多いです。でも県外の担当になって外の世界に出てみたら、私みたいに、というのはおこがましいですが、美味しい酒に思い入れを持ちながらお客様と接している酒蔵の営業は、県外にもいるんですよね。先輩たちからは言葉で聞いてはいましたが、いざ自分で出てみると、本当に自分の知らない世界がいっぱいあるとその土地土地で気づかされています。新潟県内でのやり方、考え方に固定されてしまっていた頃と比べると、そこは変わった点ですね。
西日本はほとんど担当させていただきましたが、そうして日本全国各地と関わりが持てるのは営業の醍醐味だと思います。その醍醐味を味わえているのは、先人たちが築いてくれたもののお陰です。財産を受け継いだ今の営業である我々は幸せだと思います。その財産は守らなきゃいけない、守り抜く、次に繋いでいくために頑張っていきたい、そういう思いが芽生えたのも、本当に大きな変化でした。
――将来、東日本を担当する日がくるかもしれないですよね。そうなったら日本全国に所縁があることになり、万人が人生で経験できることではないと思います。
西山:そういうときが来るかもしれないですよね。前任の担当者が長く担当していた地域だと、酒屋さんとのコミュニケーションに悩むこともあり、新しい地域を担当するのに少し怖さを感じていた時期もあります。でも、今の自分なら怖さでなく楽しみに変えることができる。もう大丈夫だろう、行けるでしょ自分、という気持ちですね。
当たり前が当たり前に行われているのが心地いい
――西山さんが朝日酒造の酒で一番好きなのはどれでしょうか?
西山:「久保田 雪峰」です。2017年に出た時、私の中で衝撃でした。久保田を体現したコクもキレもある久味わいで、すごく朝日酒造らしい。決してぶれてないんだよなっていうのを再確認できた酒でした。
――西山さんが思う朝日酒造のよさはどんなところですか?
西山:約170人社員がいますが、ギスギスしないアットホームな雰囲気や、一体感があって開放感があるところが非常に好きです。当たり前のことですが、挨拶をすればきちんと返ってくる。そういった小さな積み重ねが大切で、逆にそういった小さなほころびから、あの人のこういうところが気にくわないんだよねって、ギスギスしてくる。そういうのは会社の中ではすごく少ないかな、と思います。
それに、どこを見てもいつも綺麗。みんなが当たり前のことを当たり前にきちっとできているっていうところが、会社にいて心地いいと感じます。そこは誇れるところですね。
――最後に、朝日酒造の日本酒ファンの皆さんに、西山さんから伝えたいことはありますか?
西山:久保田、越州、朝日山とすでにいろんなブランドがありますが、そこで止まるのではなく、これからも会社一丸となっていいものを産み続けていくことがお客様への恩返しにだと考えておりますので、これからも応援よろしくお願いします。営業はご愛飲の皆様と直接お会いする機会もあると思いますので、見かけたら気軽に声をかけていただけると嬉しいですね。
――本日はどうもありがとうございました。
西山:ありがとうございました。
「美味しい」をつくる10の手、いかがでしたか?
西山さんの重みある言葉から、何かの上に立ち恩恵を受けることは、それを背負うのと同じことなんだな、と感じました。短い時間ではありましたが西山さんが積み上げてきた15年の歴史に触れられたような気持ちになる取材でした。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。今回で最終回となりますが、いかがでしたでしょうか。
お手元の朝日酒造の酒のボトルに詰まった想いを感じていただけていれば、大変嬉しく思います。