「久保田」などの日本酒を造る新潟の酒蔵、朝日酒造。品質本位の酒造りはそのままに、お客様の美味しさに挑戦しています。そんなお客様の「美味しい」を生み出すつくり手たちにインタビューします。彼らは「美味しい」にどんな想いで向き合っているのか、話を聞きました。第8回目は、ボトリング部門でラベル貼りを担う吉野 祐子さんです。
ラベルを貼り、商品をお客様のところに届く姿へ
米・水・米麹、たった3つの材料から造られる日本酒ですが、完成するまでには様々な工程を経ており、多くの蔵人の手が加わっています。前回ご紹介した調合精製で酒の味わいや香味を整えたら、次は朝日酒造では「ボトリング」と呼んでいる工程へと移ります。一言にボトリングと言っても、洗瓶・火入れ・充填(瓶詰め)・冷却・ラベル貼り・箱詰めなど、酒をお客様のところへ届ける姿にしていくための多くの工程があります。
その中でも、商品の顔となるラベルを貼る仕事を担当している吉野 祐子さん。調合精製担当の藤澤さんによれば、「周りがよく見える人で、何かあった時の対応も素晴らしい。どんな人とも分け隔てなく話す人で、私も何でも相談してしまいます」とのこと。そんな吉野さんに「美味しい」のつくり手として大切にしていることを聞きました。
かつて所属していた部門に戻ってきて
――本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、吉野さんが朝日酒造で酒造りに携わって今年で何年になるのでしょうか?
吉野 祐子さん(以下、吉野):22年目になります。入社して最初の3年間はボトリング部門に配属され、充填を担当しました。そのあとの17年間は酒造りを下支えする酒類全般の分析を担当しました。2年前に再びボトリング部門に戻ってきまして、現在のラベル貼りの担当になり2年目です。
入社22年目、昔在籍していた部門に戻ってきたと言っても、ラベル貼りは経験がありませんでしたので、1からという感じですね。ただメンバーが入社当時とそれほど変わっていなかったので、気持ちの上ではすんなり戻ってこられて、なんとかやっています。
今日はこれができるようになったという時が一番楽しい
――ラベル貼りの仕事について、もう少し具体的に教えてください。
吉野:酒を充填した瓶の表に一枚、裏に一枚、ラベルを貼っていきます。朝日酒造では、商品にラベルを貼る作業は一部の商品を除きほぼ全て機械で行っており、私はその機械のオペレーターに当たります。 機械は4台あり、1台に1人のオペレーターがついて作業しています。
――ラベル貼りの仕事をする上で、特に神経を使う点はどこでしょうか?
吉野:神経を使わないところはないというほど、常に神経を使う仕事ですね。
ラベルをきちんと瓶に貼れているかはカメラで検査していますが、カメラを通ったあとにラベルが剥がれるなんてことも起こり得ます。クレームになってしまう商品を出さないために、カメラと同時に人の目でも確認しています。
ですが、ラベルがきちんと貼られているかをずっと見ていればいい、というわけではありません。並行して、ラベルの補充といった細かい作業を行わなければいけません。例えばラベルを補充する時は、「この立ち位置からラベル補充をすると、ラベルが瓶にきちんと貼られているかが目視できない。だから、ラベルの補充は必ずこの立ち位置で行う」といったことも考えながら作業します。何をするにしても、目視との並行作業が必須ということですね。
そうやって同時に多方面へ目を配る仕事ですので、目がいくつあっても足りません。生産スケジュールによって異なるものの、繁忙期であれば一日に30,000枚以上ものラベルを貼る日もあり、息のつけない時間を過ごすこともあります。本当に一日があっという間で、無事に貼り終わった時は心からほっとします。
――中でもこの酒のラベルは貼りづらい、というものはありますか?
吉野:「久保田 萬寿」など、手すき和紙で作られたラベルを貼っているものが大変です。厚さに差があったり、形も均整のとれた四角ではなかったり。そういったところが和紙ラベルのよさであり、難しさです。特にラベルの耳部分が、和紙特有の繊維の残った仕上がりになっているものは、その耳の部分が機械に引っかかったり、次のラベルと絡まったりしてしまうこともある。人の手作りならではの個体差があり、作られた日による癖がありますから、今日は絶対にスムーズに貼れる、と断言できる日はないですね。
――やっていて楽しいと感じるのはどんな時ですか?
吉野:今日はこれを貼れるようになった、といった新しいことを覚えた時ですね。担当する仕事が変わったばかりの今しか感じられない気持ちだと思います。
お店に並ぶ酒のラベルも目に留まるように
――ラベル貼りの仕事の担当者のうち、最も長い人だと20年近い経験があるとか。その人と自分の違いはなんだと思いますか?
吉野:ラベルごとに癖があって、貼るコツがあるので、それを知っているかどうかが大きな違いだと思います。例えば、つるつるしたラベルは湿気で変な癖がつきやすく、そういったラベルを貼る時の特有のコツがある。その辺は経験の浅い私ではまだ分からないことが多く、反対にそれを掴めている人は仕事が速いですよね。
――ラベル貼りの担当者になる前となった今で、吉野さんの手に何か変化はありましたか?
吉野:ラベルの状態をしっかり確認するため、作業は素手で行っています。ですので、乾燥に悩まされるようになりました。仕事時間以外はこまめにハンドクリームを塗っているのですが、仕事に取り掛かってラベルを触り始めたらすぐに乾燥してしまいますね。
――その他に変化はありましたか?
吉野:お店に行くと酒のラベルをよく見るようになりました。他の蔵の酒を見ながら、これは貼りづらそうだなとか、これはどうやって貼るんだろうとか、考えながら見るようになりましたね。あとは朝日酒造の酒のラベルも、ラベルを見て自分が担当したものかどうかまではさすがに分からないのですが、眺めながら「これは私がやったものかな、どうかな」なんてことも考えてしまいます。
ラベルで選ぶという場面で、どんな風に見えているんだろう
――吉野さんが朝日酒造の酒の中で最も好きなものを教えてもらえますか?
吉野:冷やで飲む「参乃越州」ですね。アルコール度数が低めで、癖もないように感じるので飲みやすいです。
――吉野さんが思う朝日酒造のよさはどんなところですか?
吉野:困っていると声をかけてくれる人が多い。人間的に素敵な人が多いですよね。
――前回登場した藤澤さんも似たようなことをおっしゃっていました。そんな藤澤さんとはこのボトリング部門で1年ほど一緒だったとか。
吉野:そうなんです。藤澤さんは調合精製の担当者になる前はラベル貼りの担当をしていたので、教えてもらっていました。調合精製へ異動すると聞いた時は「まだまだ心細いから行かないで!」という気持ちでした(笑)。
――最後に、朝日酒造のファンの皆さんに、つくり手である吉野さんから聞いてみたいことはありますか?
吉野:朝日酒造のラベルのデザインをどう思っているのか、率直な意見を聞いてみたいです。日本酒に詳しくない人であれば見た目で選ぶことも多いと思います。そういった中で、若い人を意識しているだろう華やかなラベルの酒と、朝日酒造の硬派で落ち着いたラベルの酒が並んだ時、若い人にはどういう風に見えているのかな、というのが聞いてみたいです。
――本日はどうもありがとうございました。
吉野:ありがとうございました。
「美味しい」をつくる10の手 次回は包む手
吉野さんの話で印象的だったのは新しいことを覚えるのが楽しいという爽やかな一言でした。覚えることが山積しているとついいっぱいいっぱいになってしまいますが、吉野さんのそんな姿勢を見習いたいと感じた取材でした。
また、取材しながら思い出したのは「画竜点睛」という言葉。工場内を流れていく瓶の中身は「久保田 千寿」ですが、もしもラベルがない状態で飲んでみたらいつもと違う味わいに感じるのでは、と思いました。自分の「美味しい」がラベルにも影響を受けていると気付き、ラベルが酒の顔と言われることにも心底納得した取材となりました。
日本酒の「美味しい」を生み出すつくり手10人に話を聞き、「美味しい」へ懸ける想いを語ってもらう連載、「美味しい」をつくる10の手。次回は、包装を担う飯利 ちかさんが語り手です。
吉野さんによれば「何でも真面目に一生懸命取り組む子です。話しているとこっちまで和むような優しい雰囲気で、でも実はアクティブな趣味を持っているというギャップも魅力的です」とのこと。
そんな飯利さんは、「美味しい」へ懸ける想いを、どんな風に語ってくれるのでしょうか。
次回は4月中旬に掲載の予定です。どうぞお楽しみに。